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さて、前回書いたようなことを常々思っていた私自身が、最終的に慨嘆したのは「金融って何だろうなぁ」ということでした。

日銀のサイトでは前回の記事内容の銀行間での振込業務はこのように書かれています。
https://www.boj.or.jp/paym/outline/kg53.htm/
kg5d
丁寧に図までついています。
これでは勘違いする人がいて当たり前ですよね。
「勘違いするように書かれている」わけですから・・・。

つまり、前記事の1.で書かれているわけです。
貨幣を無から創造する2.を前提としては書いていないわけですね。

通帳に数字を書くことで生まれる万年筆マネーは日銀も現実には行っていることですし、国会の答弁でも否定していないのですが、1.以外の説明は一切が省かれています(国民に知られると都合が悪いんでしょうか?本当にイングランド銀行は素晴らしい…)。

確かに、物質であれば安心感があります。
そして説明しやすいし、私たちも非常に理解しやすい。
「B銀行→C銀行」にお金が移動する、というのは「当然の物理現象」なわけです。
「B銀行で消えて C銀行に新たなお金が誕生する」というのは現実には正しくても、「不自然」に見えます。
つまり、世間一般では1.の方が2.よりも信用できるわけです。

更に言うと、実はこの「移動する貨幣」というのは「金本位制」という「貨幣の価値は金という物質との交換ができるという信用に担保されている」という世の中においては寧ろ、そちらの方が主体であり、2.はその時代であれば「狂人の夢」と思われても致し方ないでしょう。

因みに、この金本位の時代は正確には1971年まで続きました。
今から49年前まではそちらの方が現実だったわけです。
勿論、その中においても不換紙幣への移行や逆行と悲喜交々あったわけですが。

さて、それでは私なりの金融とは何なのか、をまとめてみます。

金融とは「債務で創造される貨幣(信用創造)を、『移動する物質貨幣』として『敢えて扱う』ことで貨幣に信用を与える」ということというのが私の考えです。
「『金』という物質を『融かしている』ことを見立てている」=「金融」という、まぁ、昔の人はすごいものです。よくこの漢字を充てたものですね。

そして、察しの良い人は気づいているでしょう。
つまり1.は商品貨幣論です。
融かした貨幣のプールから組み上げる、貨幣プール論です。
貨幣が物質として、商品と交換されるのが、商品貨幣論です。
その商品が金であれば、それは「金本位制」。
米ドルとの交換であれば、「米ドル本位制」ということになります。

ややこしいのは、この商品貨幣論は「信用と価値」が完全に一体化している、というところでしょう。
交換が成立すれば、それは信用を前提としているのと同時に、金の価値、或いは米ドルの価値が、貨幣に付与されます。
この、「信用と価値の一体化」が信用貨幣論にはある意味、全く適さないのです。
まぁ、その話は長くなるので後日に回します。

何度も言いますが、この、とてもリアルに見えるために信用される1.の論理は、しかし、本当の貨幣は2.の信用創造であり1.の金融論理は「敢えて信用を付与する為に行われているオペレーションだ」ということは忘れないでください。

極論、ととらえられるかもしれませんが、誤解を恐れず言いますと、「金融=商品貨幣論」なのです。

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